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一般社団法人アクト・ビヨンド・トラストとは – 理念と成り立ち
アクト・ビヨンド・トラスト(Act Beyond Trust、略称abt)は、2010年に設立された民間の非営利基金です。自然環境と人間社会の調和をめざし、環境問題の解決に取り組む市民団体や研究者の具体的で創造的な活動を資金面で応援しています。

代表理事の星川淳さんのもと、「公正で持続可能な社会づくりにつながる活動」を支援することを理念に掲げ、独立した立場から幅広い助成活動を行っています。
この基金は設立当初からネオニコチノイド系農薬問題を重要課題のひとつに位置づけてきました。
他にも「原子力や石炭火力に頼らないエネルギーシフト」や「東アジアの環境交流」と合わせた3本柱で助成を展開しています。
活動開始から約14年で累計216件・総額2億6,000万円もの助成実績があり、その中でもネオニコチノイド関連のプロジェクトが最も多くを占めています。
こうした支援を通じて、abtは日本の市民社会における環境活動の「縁の下の力持ち」として着実な成果を積み重ねているのです。
ネオニコチノイド系農薬とは?その問題点と健康・生態系への影響
ネオニコチノイド系農薬とは、1990年代に登場した比較的新しい殺虫剤の一種で、その名の通りニコチンに化学構造が似ています。
神経に作用する強い神経毒性を持ち、水に溶けて植物全体に行き渡る浸透性(システミック性)や環境中で分解されにくい残留性が特徴です。
登場当初は「狙った害虫以外には影響が少ない安全な農薬」と宣伝されましたが、実際にはミツバチなどの花粉媒介昆虫に深刻な被害を与えることが後に判明しました。
ネオニコチノイドは農作物だけでなくシロアリ駆除剤や家庭用殺虫剤にも広く使われており、私たちの身近な生活環境にも浸透しています。そのため、知らず知らずのうちに生態系全体や人間にも影響が及んでいる可能性があります。
特に懸念されているのが生態系と人の健康への影響です。
ネオニコチノイドの使用拡大に伴い、ミツバチの大量死や赤とんぼ(アキアカネ)の著しい減少など、生態系異変が各地で報告されています。こうした事態は生物多様性や農業生産(受粉など)の基盤を揺るがすものです。
また近年の研究により、人間への影響、とりわけ子どもの発達への悪影響が明らかになりつつあります。
ネオニコチノイドへの曝露は子どもの神経発達障害(学習障害や多動性など)や免疫異常(アレルギー疾患)の一因になり得ると指摘されており、微量であっても安心できない「静かな化学物質汚染」として問題視されているのです。
実際、海外ではこうした科学的エビデンスを受けて規制が強化されており、EUでは主なネオニコチノイド剤の野外使用禁止やフランスでの全種禁止など大幅な使用制限が進んでいます。
しかし日本における対応は遅れており、依然として多くの農作物に使用されているのが現状です。つまり、ネオニコチノイド系農薬の広範な使用は、生態系のバランスと将来世代の健康を脅かす大きな社会課題だと言えるでしょう。
アクト・ビヨンド・トラストのネオニコ問題への取り組み
こうしたネオニコチノイド問題に対し、abtは創設以来一貫して強い危機感を持って取り組んできました。
ネオニコチノイド系農薬の全廃を目指す専門の助成プログラム(「オーガニックシフト部門」の一環)を設け、市民による幅広いアクションを資金面から後押ししています。
支援内容は多岐にわたり、以下のような4つの側面から包括的なアプローチを取っている点が特徴です。
- 科学的調査・研究の支援: 生態系や人体への影響を科学的に解明するための調査研究を助成し、その成果を社会全体で共有できるようにしています。
大学や研究機関によるフィールド調査・実験研究に資金提供し、データに基づく問題提起を可能にしています(例えばミツバチへの長期的な農薬曝露経路解析や哺乳類への神経毒性評価などの研究)。 - 啓発・教育活動の支援: 環境NGOや市民グループが主催するシンポジウム、勉強会、出版・メディア発信などを後援し、科学的知見を一般に広め世論喚起する取り組みを支えています。
異なる団体や専門家同士のネットワーク構築も促進し、「ネオニコ問題」を社会課題として可視化する役割を果たしています。 - 市場のグリーン化(代替策の推進): 農薬に頼らない農業への転換を促すため、生産者・流通業者・消費者それぞれへの働きかけも行っています。
具体的には、有機農法やネオニコフリー農産物の普及支援、ネオニコ不使用を証明する認証制度づくり、消費者が安全な商品を選べる仕組み作りへの助成など、市場全体を持続可能な方向へシフトさせる活動を後押ししています。 - 政策提言・アドボカシー: 行政や立法府に対して、市民の声を届け規制強化につなげる働きかけも重要な柱です。
abtは院内集会の開催や政策提案への協力といった形で、ネオニコチノイド規制の強化や農薬基準の見直しを求める市民運動を支援してきました。

この図は、ネオニコチノイド農薬のない社会を目指すabtのビジョンを示したものです。
「低濃度でも安全とはいえない」との警鐘のもと、オーガニックへの転換(オーガニックシフト)の必要性を訴えています。
研究者による科学的証拠の提示、市民団体やメディアによる啓発、消費者ニーズに応える市場の変革、生産者の取り組み、そして政策提言という各方面のアクションが連携しながら、農薬に依存しない持続可能な社会を実現しようとする流れが描かれています。
さらに具体的な成果として、abtがこれまで支援してきたプロジェクトの例をいくつか紹介します。
- ネオニコフリー認証制度の創設: 農薬に頼らない農作物を見分けられる認証システムづくりを支援しました。
これにより、生産者にとっては脱ネオニコに取り組むインセンティブとなり、消費者にとっては安全な食品を選択できる環境整備につながりました。 - 生態系への警鐘(赤とんぼのビデオ制作): ネオニコチノイドによる昆虫への影響を直感的に伝えるため、赤とんぼの激減に警鐘を鳴らす映像作品の制作を助成しました。
身近な里山の象徴である赤とんぼの減少を取り上げることで、農薬乱用の危険性を社会に訴えかけました。 - 持続可能な農業への転換支援: 農薬に頼らない有機的な農業への移行を促すプロジェクト(2013~2015年)に資金提供し、持続可能な農業モデルの確立に貢献しました。
具体的には、有機農法の技術支援や有機栽培農家と消費者をつなぐ試みなどをサポートしています。 - 科学知見の普及(国際シンポジウム等の開催): 世界的に使用量が急増する浸透性農薬の影響評価やリスクに関する学習会・シンポジウムの開催(2014年、2016年、2017年)を後援しました。
国内外の専門家や市民が情報共有し議論する場を設けることで、問題に対する社会の関心を高めました。 - ネオニコフリー製品の市場拡大: 小売店に対してネオニコ不使用の農産物を扱うよう促すキャンペーン(2016~2017年)を展開し、安全な農産物が市場で入手しやすくなるよう働きかけました。
消費者から販売店・生産者まで巻き込んだこの取り組みは、ネオニコチノイドに依存しない流通網づくりの嚆矢となりました。 - 市民・生産者への技術研修: 一般市民や農業者を対象に、ネオニコに頼らない栽培方法を学ぶ講習会・研修会を各地で開催しました(2017~2022年)。
専門知識の共有だけでなく、参加者同士のネットワーク形成にもつながり、地域コミュニティでの脱ネオニコ運動を底上げする効果を生んでいます。 - 科学的エビデンスの蓄積支援: 被害を「見える化」するための調査研究も積極的に支援しています。
たとえば大学の研究によるミツバチの年間ネオニコ曝露経路解析や、農民連食品分析センターによる市販卵中のネオニコ残留濃度分析、さらには女性農業者の尿中ネオニコ検出実態調査など、人体・環境中の“隠れた農薬汚染”を明らかにするプロジェクトに助成し、問題を裏付けるデータの蓄積に貢献しました。 - 政策提言と規制強化への働きかけ: 2018年にはネオニコチノイド系農薬の規制強化を求める法律制定キャンペーンを支援し、国会議員や行政担当者への訴えかけを行いました。
こうした市民の声による政策提言活動は、将来的な法規制の実現に向けた重要なステップとなっています。
このようにabtは、「重要だけれど見過ごされがちな尖った活動を支援してきました」。
日本では十分に注目されてこなかったネオニコチノイド問題にいち早く取り組み、草の根の市民活動から専門的な研究まで幅広く支えることで、この問題の解決を着実に前進させているのです。
実際、農薬中のネオニコ問題に関しては「国内でほとんど話題になっていない頃からabtさんは警鐘を鳴らされてきた。市民団体のみならず研究機関への助成も行い、証拠となる知見の蓄積に貢献してきた。abtの果たす役割は本当に大きい」と専門家が評価するほどで、日本の市民社会において欠かせない存在となっています。
現在の取り組みと今後の展望
現在、ネオニコチノイド系農薬をめぐる状況は大きな転換期を迎えています。
欧州をはじめ海外で規制が進む中、日本でも2018年に農薬取締法が改正され、古い農薬の再評価(再登録)作業が進行中です。
この見直しのプロセス次第ではネオニコチノイドの使用制限強化につながる可能性もあり、市民による働きかけがかつてなく重要な局面となっています。abtはこうしたチャンスを逃さず、ネオニコ問題解決への取り組みを一層加速させています。
特に注力しているのが、子どもの被曝を減らすための「オーガニック給食」推進です。
abtは2024年、「子どもたちに健康な未来を!全国のオーガニック給食支援プロジェクト」と題した新規プロジェクトを立ち上げました。
これは、学校や保育園の給食を有機食材(農薬不使用食材)に切り替える取り組みを支援する全国規模のプロジェクトです。
ネオニコチノイドが子どもの発達障害や免疫異常の原因の一つになり得ること、そして政府も「環境と調和のとれた食料システムの確立」を掲げ始めたことを受け、「資金面の課題で有機給食を導入できない」という現場の声に応える形で企画されました。
今後の展望として、abtは「2030年までにネオニコチノイド系農薬のない社会を実現する」という大きな目標を掲げています(※2030年という節目はSDGsの達成年でもあり、社会全体の転換点と位置付けられています)。
そのために、これからも科学的根拠に基づく発信と草の根の実践を両輪で支援し、社会の意識と仕組みを変える活動を続けていくでしょう。ネオニコチノイド系農薬は低濃度でも安全と言えないことがわかってきており、安易に他の農薬に置き換えるのではなく最終的にはオーガニックな農業への全面転換を目指すべきだとabtは強調しています。
そのビジョン実現に向け、政策提言の面でも粘り強く働きかけ、日本が世界の流れに追いつき追い越すような革新的変化を促すでしょう。
abtが培ってきたネットワークは国内に留まらず東アジアにも広がっており、地域横断的な連携によってより大きなインパクトを生み出す可能性も秘めています。
引き続き、市民・専門家・行政をつなぐ架け橋としてabtの役割はますます重要になると考えられます。そして何より、子どもたちの未来のために今できる行動を起こす――その呼びかけをabtはこれからも発信し続けていくに違いありません。
子どもたちの未来のために – 持続可能な農業へのメッセージ
笑顔で給食を頬張る子どもの姿は、私たち大人に「安全で豊かな未来を手渡したい」という思いを喚起します。
ネオニコチノイド系農薬の問題は、決して専門家だけの話ではありません。日々の食事や身近な自然を通じて、次世代である子どもたちの健康や未来に直結する課題なのです。
農薬に汚染された食べものを口にすることで、知らず知らずのうちに子どもたちの体に負担が蓄積されるかもしれません。ミツバチがいなくなれば果物や野菜が実らなくなるように、環境への影響は巡り巡って私たち人間の暮らしに返ってきます。だからこそ、私たちは子どもたちに安心できる食べものと環境を残す責任があります。
幸い、持続可能な農業や有機食品への関心は高まり始めています。
農薬を使わずに食料を生産する方法は、決して夢物語ではありません。実際に千葉県いすみ市では全国に先駆けて小中学校のコメを100%有機米に切り替えるなど、地域レベルでの成功事例も生まれています。
こうした取り組みを支援し広げていくことで、子どもたちが健やかに育つことのできる社会を築くことができるのです。abtが掲げる「オーガニック給食」はその象徴的な一歩と言えるでしょう。
ネオニコチノイドに頼らない農業は、子どもたちへの最高の贈り物であり、未来世代への責任の果たし方でもあります。私たち一人ひとりが関心を寄せ行動を起こすことで、農薬に依存しない持続可能な社会への転換は必ずや実現できるはずです。
今、私たちにできること – 支援とアクションの呼びかけ
ネオニコチノイド問題の解決に向けては、市民一人ひとりの参加と支援が欠かせません。
実際、前述の専門家も「ネオニコの問題でabtさんが果たされている市民社会への役割は本当に大きいです。どうかご協力ください」と訴えています。私たちにも今日からできる具体的なアクションがいくつかあります。ぜひ以下のような形で、このムーブメントに力を貸してください。
- 寄付で活動を支援する: 資金面での支援は最も直接的な応援方法です。
abtのような団体へ寄付をすることで、調査研究や啓発キャンペーン、有機給食の導入支援などのプロジェクトを後押しできます。それはひいては子どもたちの健康を守ることにつながります。少額でも継続的な寄付が集まれば大きな力となり、ネオニコチノイド全廃に向けた取り組みを加速させる原動力になります。 - 情報を広める: この問題をより多くの人に知ってもらうことも重要です。SNSやブログで記事をシェアしたり、身近な人と話題にしたりしてみてください。
特に子育て中のご家族や教育関係者などにネオニコチノイドの影響や有機給食の意義を伝えることで、共感と協力の輪が広がります。世論が高まれば、企業や行政も無視できなくなり、より迅速な対応が期待できます。 - ネオニコフリーな商品を選ぶ: 消費者としてできることは、安全な選択をすることです。農薬に頼らずに育てられた有機農産物やネオニコチノイド不使用の商品を積極的に選びましょう。
スーパーで野菜を買う際に産地直送の有機野菜コーナーを利用したり、ネットで無農薬農家の応援セットを取り寄せたりするのも一案です。
私たちの購買行動が変われば、生産現場もそれに応じて変わっていきます。「子どもに安心して食べさせられるものを選ぶ」という当たり前の行動が、農薬依存からの転換を促す大きな力になるのです。 - オーガニック給食を後押しする: 保護者や教育関係者の方は、ぜひ地域の学校や園でオーガニック給食の実現を働きかけてみてください。すでに有志の保護者団体や生産者グループが各地で立ち上がり、abtの助成を受けてモデル事業を始めています。
「うちの地域でもできないか?」という声が上がることで、行政や学校も前向きに検討し始めるかもしれません。子どもたちに安全な食を届けるこの取り組みを広げることは、将来の標準を作っていくことにつながります。 - 政策提言に参加する: 個人でも政策の変更に寄与することができます。
例えばパブリックコメント(意見公募)に意見を提出したり、関連する署名運動に参加したり、選挙の際に候補者に農薬規制強化の是非を問いかけたりしてみましょう。市民の声が集まれば、政治も動かせます。
abtや他の環境団体が発信するアクションの呼びかけ情報をチェックし、自分のできる範囲で声を上げていくことが大切です。
これらのアクションを通じて、ネオニコチノイドに頼らない持続可能な未来が一歩一歩近づいていきます。子どもたちの笑顔あふれる明日のために、ぜひ出来ることから行動を起こしてみてください。
あなたのその一歩が、社会を大きく変える原動力になります。