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はじめに──「学校へ戻れる日は、いつ来るのだろう」
シリア北部。
朝日が差し込む廃校の前で、少年アリー(仮名)はじっとフェンスを見つめていました。
かつてここには、彼が毎朝かよっていた教室がありました。
友だちと笑い合った場所。新しい単語を覚えるたびにうれしくなった国語の授業。
しかし爆撃で校舎の一部は崩れ、その日の授業は永遠に失われました。
「また学校に戻れるよね?」
アリーは母親にそう問います。
けれど母親は、言葉を返せません。
爆撃の危険、燃料不足、移動のリスク……
家族が抱える不安のなかで、学校へ通うという当たり前のことが、
いまのシリアではあまりにも遠い願いになってしまっているからです。
これは特別な話ではなく、
いまも数百万のシリアの子どもたちに起きている“日常” です。
今回は、シリアの子どもたちが置かれている現状を、
内戦の背景、難民としての生活、教育の喪失、そして支援の状況とともに、
丁寧に読み解いていきます。
シリアとはどんな国か──文化と歴史の豊かな国が、紛争の舞台になった理由
● 1. 基礎情報
- 位置:中東
- 人口:約2,200万人
- 首都:ダマスカス(世界最古の都市のひとつ)
- 宗教・文化:多様な民族と宗教が共存する土地
かつてシリアは教育水準が高く、医療も比較的整った国でした。
観光地としても人気で、豊かな文化遺産が世界遺産に登録されていました。
しかし2011年、状況は一変します。
なぜシリア内戦は始まったのか?
● 2. “アラブの春”から始まった長い混乱
2011年、民主化運動「アラブの春」が各地で起こりました。
シリアでも政府への抗議デモが続き、武力衝突に発展します。
その後、複数の勢力(政府軍・反政府勢力・過激派組織など)が入り混じり、
内戦は複雑化しました。
結果として、
これは世界で最も長期化した紛争のひとつになり、国民の日常は完全に崩壊 しました。

シリア内戦が子どもたちに与えた影響
● 3. 子どもたちの生活はどう変わったのか?
◆ ① 学校がなくなる
- 爆撃で学校が破壊
- 移動が危険で通学できない
- 家族の避難で学校を失う
現在、約270万人の子どもが学校に通えていない とされています。
◆ ② 食料不足・栄養不良
- 経済崩壊
- 物価の高騰(パン1つの値段でも家計が苦しい家庭が多い)
- 農地の破壊
その結果、
子どもの栄養不良率が大幅に増加。
幼児が必要な栄養を満たせず、成長が止まるケースもあります。
◆ ③ 心の傷(トラウマ)
爆撃音、家族の死、避難生活――
こうした経験は、子どもたちの心に深い傷を残します。
専門家によれば、
シリアの子どもの多くがPTSDや不安障害の兆候を示しているといいます。
◆ ④ 働かざるをえない子どもたち
家計が崩壊した家庭では、
- レストランの皿洗い
- 工場作業
- 路上での販売
などで、10歳前後の子どもが働くケースが増えています。
子ども時代の喪失は、将来の教育・収入にも影響します。
シリア難民とは?──なぜこれほど多いのか
● 4. 世界最大級の難民危機へ
2011年以降、シリアから逃れた人は 約1,360万人 にのぼります。
内訳は:
- 国外に逃れたシリア難民:570万人以上
- 国内避難民:600万人以上
合計すると国民の半数以上です。
これは世界最大規模の難民危機であり、
難民問題の象徴ともいえる状況です。
● 5. 隣国での生活──過酷な現実
主に以下の国に逃れています:
- トルコ
- レバノン
- ヨルダン
- イラク
しかし、避難先での生活も決して楽ではありません。
◆ ① 働けない・貧困
就労許可が得られず、非正規の低賃金労働しかできない家庭も多いです。
◆ ② 住居の問題
テント、半壊した建物、仮設住宅が生活の場になっています。
◆ ③ 子どもの教育の中断
言語の違い、費用負担、差別などにより、
難民の子どもの約半数が学校に通えていない状況です。

国際社会はどのような支援をしているのか
● 6. 主な支援内容
- 教育支援(学校再建・教材配布)
- 心理社会的支援(子どもの心のケア)
- 食料支援(栄養改善プログラム)
- 難民キャンプ支援
- 衛生・医療支援
- 越冬支援(暖房用燃料・毛布の配布)
特に教育分野では、
「再び学校へ戻れる子どもを増やすためのプログラム」が国際機関によって続けられています。
しかし、紛争が長期化し、支援資金の不足が慢性化する中で、
すべての子どもへ支援が行き届いているわけではありません。
日本からできる支援
シリアの子どもたちの支援は長期的に必要です。
日本から関わる場合、役立てる領域としては主に以下が挙げられます。
- 教育支援・学校再建
- 心のケア(心理社会的支援)
- 医療・衛生環境の改善
- 冬を越すための緊急支援
- 難民の受け入れ国への間接的支援
シリアの問題は複雑で、個人では解決できないものですが、
知り続けること、学び続けることも大きな力になります。
おわりに──子どもたちが“未来を語れる日”を取り戻すために
アリーが見つめた廃校のように、
シリアでは当たり前の日常が失われたままです。
それでも、子どもたちは
「もう一度学校へ行きたい」
「平和な国で暮らしたい」
と願い続けています。
その願いが届く日は、まだ遠いかもしれません。
けれど、世界の誰かがシリアの現状に関心を持つことで、
一つひとつ、小さくて確かな支援が積み重なります。
内戦で奪われた未来を取り戻すために。
安全で、学べて、家族と暮らせる当たり前の生活を取り戻すために。
私たちは、知ることから始めることができます。
