SDGs目標3が掲げる「すべての人に健康と福祉を」という目標は、単に医療や福祉を充実させることだけでなく、社会全体の安定と持続可能な成長に直結しています。
健康が損なわれると、人々の生活の質が低下するだけでなく、経済活動や社会福祉への依存が増大します。特に、健康格差が顕著な地域では、医療にアクセスできない状況や感染症の流行が地域社会全体の成長を妨げ、貧困と病気が相互に悪影響を及ぼす「貧困のサイクル」が生じるのです。このような負の連鎖を断ち切るため、目標3が設定されました。
目次
世界的な健康と福祉の課題
世界保健機関(WHO)によると、特にアフリカのサハラ以南の地域では、医療サービスの不足が深刻です。この地域では、5歳未満の子どもの死亡率が高く、栄養不足や感染症による幼児の死亡率が他の地域に比べて著しく高い状況にあります。
妊産婦の死亡率も途上国では先進国に比べて非常に高く、適切な産科医療を受けられない母親が多いことが原因の一つです。
さらに、エイズ、結核、マラリアなどの感染症は、地域によっては住民の生活全体を脅かす要因です。例えば、エイズ(HIV感染症)は世界中で約3,800万人が感染し、アフリカ地域では感染率が非常に高くなっています。また、マラリアも5歳未満の子どもを中心に毎年約40万人の命を奪い続けており、これらの感染症が貧困層の人々に集中しやすい傾向が見られます。
日本の現状と課題
日本は、医療アクセスや国民皆保険制度の整備が進んでおり、比較的健康水準が高い国です。
しかし日本国内でも健康格差が存在します。例えば、地域や所得によって健康診断の受診率や健康的な生活を支えるサービスの利用率に差が見られており、災害時の医療体制や高齢化に伴う医療負担増加も課題です。国内でも、健康で福祉の恩恵を享受できる社会の実現には、持続的な対策が求められています。
SDGs目標3の概要と目的
目標3の基本情報と必要性
SDGs目標3は「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する」ことを目指しています。この目標は、2030年までに世界中の人々が公平に医療や福祉サービスを受けられるようにすることを掲げています。つまり、どの地域に住む人も、貧困層であっても、医療や福祉のサービスを安心して受けられることを目指しています。
健康と福祉は単に病気を治すだけではなく、個人が尊厳を持って生活するための土台です。しかしながら、世界にはこの基礎的なサービスにアクセスできない人々が多く存在します。
妊産婦が出産に関連して命を落とすケース、幼い子どもが予防可能な病気で命を落とすケースが、依然として後を絶ちません。これは、医療技術や医薬品が十分に行き渡っていない地域では日常的な問題なのです。
さらに、非感染性疾患(がん、糖尿病、心疾患など)による死亡も増加しており、特に若年層の生活習慣の影響が大きく、病気の予防や早期発見が欠かせません。また、健康と福祉は経済成長や教育機会と強く結びついており、これらが促進されることで全体の社会福祉が向上すると言われています。
SDGs目標3のターゲットと達成期限
13のターゲットとその具体的な内容
目標3には、具体的な達成目標として13のターゲットが設定されています。
これらのターゲットは、健康と福祉の様々な側面において、具体的な数値目標や達成期限を伴っています。以下はその一部になります。
- 妊産婦の死亡率削減(ターゲット3.1)
2030年までに、妊産婦死亡率を出生10万人当たり70人未満に削減します。これは、出産前後の母親の命を守るための安全な医療アクセスの確保が重要な課題となっています。 - 新生児・5歳未満児の死亡率削減(ターゲット3.2)
2030年までに、予防可能な原因での新生児と5歳未満児の死亡を根絶することを目指し、新生児死亡率を1,000件中12件以下、5歳未満児の死亡率を1,000件中25件以下にすることが掲げられています。 - 伝染病の根絶(ターゲット3.3)
エイズ、結核、マラリアといった伝染病を2030年までに根絶することを目指しています。これらの疾病は地域社会全体に重大な影響を与えるため、早急な対策が求められています。 - 非感染性疾患の若年死亡率削減(ターゲット3.4)
2030年までに、非感染性疾患による若年死亡率を3分の1削減し、精神保健の促進を行います。特に心疾患、がん、糖尿病の予防や早期発見が課題です。 - 薬物乱用の防止・治療の強化(ターゲット3.5)
薬物やアルコールなどの物質乱用を防止し、必要な治療を受けられる体制を強化します。
このように、ターゲットは2030年を達成期限として設定されており、目標が現実のものとなるためには国際的な協力と資金の拠出が欠かせません。これらのターゲットを達成することで、すべての人が公平に医療と福祉を享受できる社会が構築されることを目指しています。
グローバル指標を通じた目標3の進捗確認
進捗確認のための具体的な指標
SDGs目標3の達成状況を評価するためには、グローバル指標が設定されています。
これらの指標により、各国がどの程度目標達成に向けて進んでいるかを具体的に把握することが可能です。
- 妊産婦死亡率(指標3.1.1)
妊産婦死亡率は、出産に関連した妊婦の死亡数を出生10万人当たりで示したものです。この指標をもとに、妊産婦が適切な医療支援を受けられているかどうかを評価します。 - 5歳未満児死亡率(指標3.2.1)
5歳未満児死亡率(U5MR)は、出生1,000件あたり5歳未満で亡くなる子どもの数を示す指標で、乳幼児が安全に育てられる環境が整備されているかを測る基準となります。 - 新生児死亡率(指標3.2.2)
新生児死亡率(NMR)は、4週以内に亡くなる新生児の割合を示し、出産後の医療ケアの状況を評価するために用いられます。 - 新規HIV感染者数(指標3.3.1)
年間の新規HIV感染新規HIV感染者数(指標3.3.1)新規HIV感染者数は、年間における新たなHIV感染者の数を指標としています。この指標は、HIV/AIDSの感染状況や流行の規模を把握するために重要です。また、HIVに関する教育の普及や予防策の効果を測定する上でも欠かせないデータです。途上国では、HIV感染は地域社会全体に大きな影響を与えるため、この指標を通じて予防プログラムの効果や必要な支援の量が見えてきます。
- 予防接種率とワクチンアクセス(指標3.b)
主に開発途上国で大きな影響を与える疾患に対して、ワクチンの開発と普及が重要視されています。指標3.bでは、これらの国々におけるワクチン接種率と、安価な医薬品やワクチンへのアクセスがどの程度向上しているかが評価されます。これは国際社会がワクチン接種を支援する際の重要な基準です。 - 喫煙率とたばこ規制(指標3.a)
たばこは非感染性疾患の大きなリスク要因のひとつであり、たばこ規制の強化はSDGs目標3にとっても重要です。世界保健機関のたばこ規制枠組み条約に基づき、各国の喫煙率や規制状況が指標として測定されています。 - 医療従事者の充足率(指標3.c)
医療体制の整備には、医療従事者の確保と人材育成が不可欠です。指標3.cでは、特に開発途上国において医療従事者の数や質がどのように改善されているかが示され、医療アクセスの改善度合いを評価するための基準となっています。 - 環境汚染による死亡率(指標3.9)
大気汚染や水質汚染が健康に与える影響もSDGs目標3に関連する問題です。指標3.9では、環境汚染による死亡や疾病の件数が評価対象となり、各国がどの程度環境対策を進めているかの指標として使われます。
グローバル指標の意義と活用
これらのグローバル指標は、SDGs目標3の進捗を測定するために国際的に共通の基準として設定されています。
このような明確な指標があることで、各国の政府や国際機関は進捗状況を定量的に評価でき、課題がどこにあるのかを明確に把握できます。また、国際的な比較が可能になるため、他国の取り組みを参考にした政策改善も促進されます。
SDGs目標3の達成に向けて、これらの指標を基にしたモニタリングと評価が今後も欠かせません。指標を通じてどの地域や国で健康や福祉の支援が不足しているかを把握し、支援が最も必要とされる地域にリソースが効率的に配分されることが期待されています。
数値データに基づく現状分析
数値データで見る目標3の課題と進捗
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」は、具体的な数値データによって現状の課題と進捗を評価できます。この目標に関連する指標を通じ、健康や医療格差が可視化され、地域ごとの異なる課題も浮かび上がります。
5歳未満児の死亡率
5歳未満児の死亡率は、各地域や国の医療提供体制や公衆衛生の質を反映する重要な指標です。
2021年のデータによると、サハラ以南のアフリカ地域では5歳未満児の死亡率が依然として高く、1,000人中74人という水準です。これは、ヨーロッパ地域の1,000人中9人に比べて8倍以上の高さで、5歳未満児が亡くなる主な原因は、肺炎、下痢、マラリアなどの感染症です。これらは予防可能な疾患ですが、医療アクセスが限られている地域では治療が行き届かない状況が続いています。
この死亡率の差は、保健サービスの普及度や予防接種率と深く関わっています。例えば、予防接種率が高い国ほど感染症による幼児死亡率が低下しており、予防接種プログラムが進む地域では新生児の死亡率も著しく減少しています。
各国の医療提供体制と保健医療サービスの普及率
医療提供体制の整備度合いも、SDGs目標3の進捗状況を測る重要なポイントです。例えば、日本では全国民が医療保険に加入することが義務付けられており、誰もが低コストで医療サービスを受けられる体制が整っていますが、世界全体で見ると、このようなユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を実現できている国はまだ少数派です。
世界銀行とWHOの調査によると、全世界の約50%が必要な医療サービスを受けることができず、約8億人が健康に関連する費用のために貧困に陥るリスクがあるとされています。
医師や看護師が不足している地域では、1人の医療従事者が何千人もの患者を担当せざるを得ず、適切なケアを提供するのが困難な状況です。
アフリカのマラウイでは、1人の医師が約63,000人の患者を抱えているのに対し、日本では1人の医師が約400人を担当しています。この格差は医療の質と健康結果に大きな影響を与えています。
貧困層への健康格差の影響
医療サービスの不足や質の低下は、特に貧困層に大きな影響を与えています。
低所得国では、予防接種や基本的な医療サービスの費用すら負担できない世帯が多く、その結果、感染症のリスクが高まります。国連の推計では、毎年500万人の子どもが5歳を迎える前に命を落としており、その多くが貧困層に属しています。また、HIV/AIDS、マラリア、結核などの伝染病は貧困地域で多発しやすく、これがさらに貧困を深刻化させる要因となっています。
貧困層が医療サービスにアクセスできる環境を整えるためには、健康保険の普及や医療従事者の増加、医薬品の供給強化などが急務です。このようなデータを基に、地域ごとに異なる課題を解決し、健康格差の解消を目指すことが求められています。
COVID-19パンデミックの影響と教訓
パンデミックがもたらした健康意識の変化
COVID-19パンデミックは、世界の医療と福祉に深刻な影響を及ぼし、SDGs目標3に新たな課題と教訓をもたらしました。特に感染症の脅威が身近なものとなり、感染予防策や健康管理に対する意識が大きく変化しました。
医療資源と研究資金の配分
パンデミックの拡大に伴い、医療資源は感染症対策に優先的に投入されました。
呼吸器や集中治療設備、ワクチンの製造開発に向けた資金が大幅に増加しました。欧州連合(EU)はCOVID-19対応として約1億3,750万ユーロを研究資金として投入し、診断、治療、ワクチン開発を急速に進めました。このような緊急の資金投入は、感染症対策の即時対応に必要不可欠でしたが、一方で、エイズや結核、マラリアといった他の感染症対策への資金が一時的に削減され、脆弱な地域ではこれらの疾患が再び拡大するリスクも浮上しています。
パンデミックがもたらした健康管理意識の変化
パンデミックを経て、多くの国で公衆衛生の重要性が再認識され、感染症予防や手洗い、マスク着用などの日常的な健康管理が強調されました。リモート医療やデジタルヘルスの導入も進み、医療現場でも感染リスクを抑えつつ診療が行える環境が整備されました。これにより、感染症予防の観点からも健康管理が重要であることが私たち一般市民にも理解されるようになったはずです。
COVID-19がもたらした教訓とSDGs目標3への影響
パンデミックは、各国の保健医療体制の脆弱さを明らかにし、特に途上国における医療資源の不足が課題として浮き彫りになりました。
多くの専門家が指摘するように、SDGs目標3の達成には感染症を含む幅広い健康問題への対応力を強化し、地域や国を超えた連携が必要不可欠です。COVID-19の教訓を活かし、今後はより包括的な感染症対策と医療資源の配分が求められるでしょう。
海外の取り組み事例
先進国と発展途上国の取り組み
目標3の達成に向けた取り組みは各国で異なりますが、特に医療格差が顕著な発展途上国では、国際的な支援が欠かせません。一方で、先進国も感染症対策や保健制度の充実に積極的に取り組んでいます。
欧州における感染症研究支援
欧州連合(EU)は、感染症研究の分野でリーダーシップを発揮しています。
COVID-19への迅速な対応として、EUはHorizon 2020を通じて多額の資金を研究開発に投じ、ワクチンや治療法の開発を推進しました。
エボラ出血熱やジカ熱といった過去の感染症への対策により、迅速な研究支援の仕組みが整えられています。このような研究支援の拡充は、感染症の早期発見や予防策の開発に寄与しており、SDGs目標3における感染症対策のモデルケースといえるでしょう。
アフリカ諸国での医療支援活動
アフリカのサハラ以南の地域では、医療支援活動が多数の国際機関やNGOによって行われています。
例えば国境なき医師団は、地域ごとに必要な医療サービスを提供し、マラリアや結核といった感染症の治療を行っています。また、ワクチンの供給支援や母子保健サービスの提供を通じて、基礎医療アフリカのサハラ以南の地域では、医療支援活動が多数の国際機関やNGOによって行われています。国境なき医師団は地域ごとに必要な医療サービスを提供し、マラリアや結核といった感染症の治療を行っています。また、ワクチンの供給支援や母子保健サービスの提供を通じて、基礎医療サービスの向上に取り組んでいます。
さらに、WHOやUNICEFといった国際機関も、アフリカ地域における保健インフラの整備を支援しています。これには、医療従事者の育成、医療設備の提供、ワクチン接種プログラムの実施などが含まれ、特に小児医療の強化が図られています。
地域による医療課題の差と支援の多様性
先進国と発展途上国の医療支援の内容には大きな違いが見られます。先進国では、保健制度の強化や感染症対策のための研究開発が主に進められており、デジタル医療や遠隔医療のインフラも整いつつありますが、一方発展途上国では、基本的な医療サービスやワクチン接種体制の整備、医療従事者の教育が重要課題です。
こうした地域のニーズに応じた支援が展開されていることで、SDGs目標3の達成が徐々に進んでいます。ただし、これには国際社会の一貫した協力が不可欠であり、資金や技術の提供が欠かせません。特に、感染症が多発する地域や貧困層に対する長期的な支援が求められています。地域ごとの課題を的確に把握し、柔軟な対応を行うことが目標3の達成において重要なカギとなるはずです。
私たちにできること
SDGs目標3の達成には、私たち一人ひとりの意識と行動も重要です。
普段の生活の中でできることから始めて、健康と福祉に貢献することが可能です。
健康診断の受診
定期的な健康診断を受けることで、生活習慣病やがんの早期発見が可能になります。自分の健康状態を把握し、必要な対策を講じることが、最も身近で効果的な健康管理の方法です。
衛生管理と感染予防
手洗いやマスク着用、ワクチン接種など、日常の衛生管理を徹底することで、感染症の予防に貢献できます。これらの行動は個人の健康維持のみならず、社会全体の感染拡大防止にもつながります。
募金や寄付で医療支援をサポート
発展途上国の医療支援活動を行っている団体に募金や寄付をすることで、医療アクセスの向上に間接的に貢献できます。
特に、子どもや妊婦の健康支援に特化した団体への寄付は、SDGs目標3の達成に直結する支援です。寄付や募金は、現地でのワクチン接種プログラムや医療設備の整備に活用されるため、一人ひとりの小さな行動が大きな影響をもたらします。
注意点とまとめ
SDGs目標3達成のために必要な連携と意識
SDGs目標3「すべての人に健康と福祉を」は、国際社会全体の協力が不可欠な目標です。個人の行動に加えて、政府や企業、非営利団体、国際機関が連携することで、全ての人々が医療や福祉サービスにアクセスできる未来を実現できるでしょう。特に、貧困層や発展途上国の人々が適切な医療を受けられるようにするためには、持続的な支援が必要です。
私たち一人ひとりが、日常生活の中で健康と福祉を意識し、行動に移すことで、社会全体が少しずつ前進します。目標3が達成された世界は、すべての人が安心して健康に生きられる社会です。その実現に向けて、私たちができることから始めてみてはいかがでしょうか。