災害列島日本:2024年能登半島地震が突きつけた【防災・備蓄】の課題と未来への道筋

はじめに:1月1日午後4時10分、日本の防災体制が試された瞬間

2024年1月1日午後4時10分、石川県能登半島を震度7の激震が襲いました。

新年を祝う家族団らんの時間を一瞬で奪ったこの地震は、日本の防災・備蓄体制の現実を浮き彫りにしました。発生から1年以上が経過した今も、この災害から得られた教訓は、日本の防災対策に根本的な見直しを迫っています。

能登半島地震は、単なる自然災害を超えて、日本社会が抱える防災・備蓄の構造的課題を明確に示しました。
道路の寸断により孤立した集落、不足した支援物資、機能しなかった避難所—これらの現実は、従来の防災体制の限界を露呈させました。

しかし、この危機は同時に変革の機会でもあります。2025年2月に成立した災害対策基本法改正により、自治体の備蓄状況公表が義務化されるなど、透明性と説明責任を重視した新たな防災体制の構築が始まっています。

今回は、能登半島地震の教訓を起点として、日本の防災・備蓄体制の現状と課題を分析し、災害列島日本が目指すべき持続可能な防災社会の姿を描きます。

第1章:数字が語る日本の防災・備蓄の現実

家庭レベルの備蓄格差:半数の家庭が無防備な現実

日本の家庭における防災備蓄の実態は、決して楽観視できるものではありません。2024年の全国調査によると、家庭での備蓄率は54.6%にとどまり、約半数の家庭が十分な備蓄を行っていない現実が明らかになりました。

この数字の背景には、深刻な社会格差の問題が潜んでいます。備蓄を行わない理由として、28.4%の家庭が「経済的余裕がないから」と回答しており、防災対策における経済格差の存在が浮き彫りになっています。

災害は社会的弱者により深刻な影響を与えるにも関わらず、経済的制約により十分な備蓄ができない家庭が3割近くに上るという現実は、社会全体で解決すべき課題です。

政府は最低でも3日分、できれば1週間分の食品備蓄を推奨していますが、この目標達成には程遠い状況が続いています。特に注目すべきは、備蓄食品の廃棄問題です。せっかく備蓄した食品の多くが賞味期限切れにより廃棄されており、持続可能な備蓄システムの構築が急務となっています。

自治体レベルの透明性革命:2025年法改正の意義

2025年2月の災害対策基本法改正は、日本の防災体制における歴史的な転換点となりました。この改正により、全国の自治体は備蓄状況を年1回公表することが義務化され、防災対策の透明性と説明責任が大幅に向上しました。

この制度改革の背景には、自治体間の備蓄格差という深刻な問題があります。
2025年1月の内閣府調査によると、自治体の備蓄状況には大きなばらつきがあり、住む地域によって災害時の安全性に格差が生じている現実が明らかになりました。

備蓄状況の公表義務化により、住民は自分の住む自治体の防災対策を客観的に評価できるようになります。これは単なる情報公開を超えて、自治体間の健全な競争を促し、全国的な防災水準の底上げにつながる重要な制度改革です。

企業レベルの新たな挑戦:テレワーク時代の防災対策

新型コロナウイルスの影響により普及したテレワークは、企業の防災対策に新たな課題をもたらしました。従来の職場集中型の防災体制から、分散型の防災体制への転換が求められています。

企業は従業員の自宅での安全確保、在宅勤務時の安否確認システム、分散した職場での事業継続計画(BCP)の見直しなど、これまでにない課題に直面しています。

特に、従業員の自宅における防災備蓄の支援、災害時の在宅勤務継続のためのインフラ整備などが重要な課題となっています。

第2章:能登半島地震が教えた備蓄の現実

孤立集落が浮き彫りにした備蓄の重要性

能登半島地震では、道路の寸断により多くの集落が孤立し、外部からの支援物資が届かない状況が長期間続きました。
この現実は、各家庭や地域での備蓄がいかに重要かを改めて示しました。

孤立した集落では、住民同士の助け合いと事前の備蓄が生命線となりました。
しかし、多くの地域で備蓄が不十分であったため、深刻な物資不足に陥りました。特に、高齢者の多い中山間地域では、重い備蓄品の管理や定期的な入れ替えが困難であることも明らかになりました。

避難所運営で露呈した備蓄管理の課題

能登半島地震の避難所運営では、備蓄物資の管理に関する多くの課題が浮き彫りになりました。備蓄場所の被災による物資の損失、在庫管理システムの不備による物資の所在不明、配布システムの混乱による不公平な配分など、平時の備蓄管理の重要性が改めて認識されました。

特に深刻だったのは、アレルギー疾患患者や要配慮者への対応です。
一般的な備蓄食品では対応できない特別なニーズを持つ人々への配慮が不十分であり、個別対応の重要性が浮き彫りになりました。

支援物資の混乱から学ぶ備蓄の意義

災害発生直後、全国から大量の支援物資が被災地に送られましたが、その仕分けと配布に大きな混乱が生じました。この経験は、外部からの支援に依存するのではなく、地域での事前備蓄の重要性を改めて示しました。

支援物資の混乱は、被災地の負担を増大させ、真に必要な物資の配布を遅らせる結果となりました。この教訓から、地域での十分な備蓄により外部支援への依存度を下げることの重要性が認識されています。

第3章:ローリングストックが変える備蓄の未来

経済的負担を軽減する革新的備蓄法

備蓄における経済的負担の問題を解決する革新的な手法として、ローリングストックが注目されています。この方法は、日常的に消費する食品を多めに購入し、定期的に消費と補充を繰り返すことで、常に一定量の食品を備蓄する仕組みです。

ローリングストックの最大の利点は、特別な備蓄食品を購入する必要がなく、家族の嗜好に合わせた食品を備蓄できることです。
また、定期的に消費するため、賞味期限切れによる廃棄を防ぐことができ、経済的で持続可能な備蓄方法として期待されています。

実践方法と普及の課題

ローリングストックの実践には、計画的な購入と消費のサイクル確立が重要です。缶詰、レトルト食品、乾物、調味料などの日持ちする食品を中心に、普段の1.5〜2倍程度の量を常備し、古いものから順次消費していきます。

しかし、この方法の普及には課題もあります。消費期限の管理、適切な保管場所の確保、家族全員の理解と協力などが必要であり、継続的な取り組みが求められます。
自治体や関係団体による講習会の開催、分かりやすいガイドブックの作成などの支援が重要です。

第4章:防災DXが開く新たな可能性

AI・IoT技術による備蓄管理革命

デジタル技術の進歩は、防災・備蓄分野に革命的な変化をもたらしています。AI・IoT技術を活用した自動備蓄管理システムにより、人的ミスの削減、管理コストの低減、災害時の迅速な対応が実現可能になっています。

センサー技術により備蓄品の状態をリアルタイムで監視し、AIが最適な入れ替えタイミングを提案するシステムが実用化されています。

また、ブロックチェーン技術による透明で信頼性の高い物資管理システムも開発が進んでおり、支援物資の適切な配分と不正の防止が期待されています。

早期警報システムの高度化

AI技術を活用した早期警報システムは、災害の予測精度を大幅に向上させています。気象データ、地震データ、社会インフラの状況などを総合的に分析し、より正確で迅速な警報の発信が可能になっています。

これらの技術革新により、災害発生前の事前避難、効率的な物資配置、最適な避難経路の提示などが実現し、被害の最小化と迅速な復旧が期待されています。

第5章:官民連携が築く強靭な防災社会

民間企業との災害時協定の拡充

官民連携による防災体制強化の重要な手段として、民間企業との災害時協定があります。物資供給、輸送、通信、建設、医療など様々な分野での協定により、公的な災害対応だけでは対応困難な分野での支援が実現できます。

特に注目されるのは、地域企業との連携による備蓄体制です。企業の専門性を活かした備蓄、共同備蓄によるコスト削減、災害時の相互支援などにより、地域全体の防災力向上が図られています。

NPO・ボランティア団体との協働

NPO・ボランティア団体との協働は、公的な災害対応では対応困難な分野での重要な支援を提供します。要配慮者への支援、心のケア、復興支援など、専門性を活かした多様な支援が実現できます。

効果的な協働には、平時からのネットワーク構築、役割分担の明確化、情報共有システムの整備などが重要です。

能登半島地震でも、多くのNPO・ボランティア団体が活動し、公的支援を補完する重要な役割を果たしました。

第6章:特別な配慮が必要な人々への対応

アレルギー疾患患者への災害時対応

アレルギー疾患患者への災害時対応は、特別な配慮を要する重要な課題です。公助としての食糧や薬品の備蓄には限界があるため、患者・患者家族への災害時備蓄指導の重要性が高まっています。

能登半島地震では、アレルギー対応食品の不足により、多くの患者が困難な状況に陥りました。この経験から、個別のニーズに対応した備蓄の重要性と、医療機関、行政、患者団体の連携の必要性が改めて認識されています。

中山間地域の冬期防災対策

豪雪地帯の中山間地域では、冬期の防災対策が特に重要な課題となっています。積雪により道路が寸断されやすく、長期間の孤立が予想されるため、より長期間の備蓄が必要です。

地域の特性を活かした防災対策の構築、住民参加による実効性の高い計画策定、継続的な改善システムの確立などが重要な要素となっています。

第7章:持続可能な防災社会への道筋

長期的視点での防災投資

持続可能な防災体制の構築には、長期的視点での防災投資が重要です。世界銀行のデータによると、防災投資1ドルあたり4-7ドルの経済効果があることが示されており、防災投資の経済合理性が確認されています。

この知見を活用し、予防投資の重要性を社会全体で共有し、長期的な防災投資の推進が求められています。

また、環境負荷の軽減、社会的公平性の確保、経済的効率性の追求を総合的に考慮したESGの観点からの防災対策が重要です。

新たな災害リスクへの対応

気候変動による災害の激甚化・頻発化、サイバー攻撃、パンデミック、複合災害など、新たな災害リスクへの対応も重要な課題です。従来の自然災害対策の枠を超えた包括的なリスク管理体制の構築が求められています。

特に、デジタル社会の進展に伴うサイバーリスク、高齢化社会における災害脆弱性の増大、都市部への人口集中による災害リスクの変化などに対応した新たな防災戦略の策定が急務です。

国際協力と知見の共有

日本の防災・備蓄に関する知見は国際的にも高く評価されており、この知見を国際社会と共有することで、世界全体の防災力向上に貢献できます。
同時に、他国の先進的な取り組みを学ぶことで、日本の防災対策のさらなる向上も期待できます。

まとめ:災害列島日本の使命と未来への展望

能登半島地震から1年以上が経過した今、私たちは重要な岐路に立っています。
この災害が突きつけた現実は厳しいものでしたが、同時に変革への道筋も示してくれました。

家庭レベルでの備蓄率54.6%という現実、経済格差による防災格差、自治体間の備蓄格差—これらの課題は一朝一夕には解決できません。

しかし、2025年の法改正による透明性向上、ローリングストックの普及、防災DXの推進、官民連携の強化など、解決への道筋は確実に見えています。

重要なのは、防災・備蓄を単なる災害対策ではなく、持続可能な社会の基盤として位置づけることです。世界銀行が示すように、防災投資1ドルあたり4-7ドルの経済効果があることを踏まえ、長期的視点での投資と改善を継続していく必要があります。

災害列島日本において、真に実効性のある防災・備蓄体制を構築するためには、包括的な制度改革、技術革新の積極的活用、多様な主体の連携強化、継続的な改善システム、国際協力の推進が不可欠です。

2024年の能登半島地震から得られた教訓を活かし、次なる大規模災害に備えた万全の体制構築に向けて、社会全体での取り組みが求められています。防災・備蓄は、私たち一人ひとりの生命と財産を守るだけでなく、持続可能な社会の実現に向けた重要な投資なのです。

災害列島日本の使命は、この困難な現実を乗り越え、世界に誇れる防災先進国として、グローバルな防災コミュニティをリードしていくことです。能登半島地震の教訓を胸に、私たちは今、その第一歩を踏み出しています。

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投稿者: FIRST DONATE編集長 髙崎

非営利団体のファンドレイジング/広報支援を生業とするDO DASH JAPAN株式会社スタッフであり、FIRST DONATE編集長。 自身の体験を元に、寄付やソーシャルグッドな情報収集/記事制作を得意とする。