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気候変動×健康被害:熱波・豪雨が私たちの身体に与える影響

近年の異常気象は、地球温暖化による気候変動が私たちの生活と健康に深刻な影響を及ぼし始めていることを実感させます。

特に夏の猛暑(熱波)や記録的な豪雨といった極端現象は、日本でも世界でも頻度と深刻さを増しつつあり、それに伴って健康被害も拡大しています。
気温の上昇による熱中症の増加、豪雨や洪水による負傷・感染症リスクの拡大、さらにはアレルギー疾患の悪化や精神的ストレスの増大など、気候変動が引き起こす健康への影響は多岐にわたります。

今回の記事では、日本と世界(特にアジアや欧州)の両視点から、これら気候変動に関連する健康被害の現状と将来予測を、最新データと科学的根拠に基づいて解説します。

高齢者や子ども、働く世代といった世代別の影響や、都市部と地方部の地域差にも着目し、今後数十年で想定されるリスクや仮説について考察します。
また、市民・自治体・国レベルで取り組める適応策やレジリエンス(回復力)強化策についても紹介し、読者の皆さんとともに備えを考えていきます。

目次

    • 0.1 熱波がもたらす健康への影響
      • 0.1.1 高齢者が特に危ない:世代別の暑熱影響
      • 0.1.2 都市部のヒートアイランド現象
    • 0.2 豪雨・洪水など極端気象による健康リスク
    • 0.3 感染症の拡大と気候変動
      • 0.3.1 蚊が媒介する感染症の脅威
      • 0.3.2 水系・食品媒介性感染症への影響
    • 0.4 アレルギー疾患への影響
    • 0.5 精神的ストレスとメンタルヘルス
      • 0.5.1 災害がもたらすこころの傷
      • 0.5.2 気候変動そのものへの不安
    • 0.6 日本と世界:被害の比較
      • 0.6.1 アジア圏の状況
      • 0.6.2 欧州の状況
      • 0.6.3 日本の位置づけ
    • 0.7 将来の予測:これから数十年の健康リスク
      • 0.7.1 熱中症・暑熱リスクの将来予測
      • 0.7.2 感染症リスクの将来予測
    • 0.8 適応策とレジリエンスの強化
      • 0.8.1 市民ができる適応策(個人レベル)
      • 0.8.2 自治体レベルの適応策
      • 0.8.3 国および国際的な戦略
    • 0.9 おわりに
  • 1 参考文献リスト
    • 1.1 日本の政府機関による報告書・統計
    • 1.2 国際機関の報告書・公式発表
    • 1.3 国内外の学術研究・調査報告
    • 1.4 報道機関の一次情報に基づくレポート

熱波がもたらす健康への影響

夏の猛暑や熱波は、気候変動の中でも直接的に健康へ影響を及ぼす代表的な事例です。猛暑日における熱中症の発生は顕著に増加しており、近年では日本全国で年間1,000人以上が熱中症で命を落としていて、これは他の自然災害による死者数を上回る年が続いています。

たとえば1990年代半ばには年間約200人程度だった熱中症死亡者が、直近の2018~2022年では年平均1,295人にまで増加しました。
2024年夏は日本各地で記録的猛暑となり、6~9月の熱中症による死亡者数は合計2,033人と過去最多を記録しています。

猛暑による健康影響は日本だけでなく世界各地で深刻で、例えば欧州西部では2024年夏の熱波で2万人超の死者が出たとの報告もあります。
気候変動に伴い極端な高温が「常態化」しつつあることで、熱波はもはや例外的な出来事ではなくなり、人々の生命を脅かす大きなリスクとなっています。

高齢者が特に危ない:世代別の暑熱影響

熱波の影響は万人に及びますが、特に高齢者は熱中症による犠牲者の大半を占めるなど深刻な打撃を受けています。
日本では2020年の熱中症死亡者の87%が65歳以上で占められていました。また冒頭で触れたように、近年の熱中症死亡者数の増加は著しく、その背景には高齢化社会の進行があります。
高齢になると体温調節機能や発汗による熱放散能力が低下し、暑さへの生理的な耐性が弱まります。さらに、持病の有無や日常生活での体力低下、独居で周囲の助けが得にくい状況なども重なり、熱中症リスクが一段と高まります。

実際、日本の消防庁の統計によれば、2024年夏に東京都内で救急搬送された熱中症患者の過半数が65歳以上で、特に80代が最も多く1,886人、次いで70代が1,530人に上りました。猛暑日に自宅で草むしり作業をしていた高齢者が熱中症で倒れる、といった痛ましい事例も報道されています。高齢者にとって適切な暑さ対策(エアコンの使用や水分補給、周囲による見守りなど)がいかに重要かが分かります。

一方、子どももまた暑さに弱い世代です。
子どもは大人より体温が上がりやすく汗をかきにくい傾向があり、自身で危険を察知して対処することも難しいため、熱中症のリスクがあります。

実際、真夏の校外学習で児童が熱中症症状を訴え病院に搬送されるケースも発生しています。学校や保育現場でも猛暑時の屋外活動中止や冷房の適切使用など、子どもの安全を守る対策が求められています。

また、働く世代についても、屋外作業者や工事現場の労働者などは高温環境下での肉体労働によって熱中症や脱水症状を起こしやすくなります。特に真夏に外で働く方々は職業上のリスクが高く、労働安全衛生の面からも熱中症対策が重視されています。

日本では2025年6月に労働安全衛生規則が改正され、事業者に対して労働者への熱中症予防策の徹底が義務付けられました。これにより作業現場でのミスト噴霧機設置や休憩・給水の確保、 WBGTモニターの活用など、職場環境での暑さ対策が強化されつつあります。

都市部のヒートアイランド現象

都市部では、熱波の被害がさらに増幅される傾向があります。

その原因の一つがヒートアイランド現象です。ビルやアスファルトに覆われた都市では、日中に蓄えられた熱が夜間にも放出され続けるため、気温が下がりにくくなります。
東京など大都市では熱帯夜(夜間の最低気温が25℃以上)の発生が年々増加しており、100年前には年間わずか数日だった東京中心部の熱帯夜日数が、近年では年間30~40日にも達しています。

5年移動平均で見ても東京の熱帯夜日数は30日を超えており、この長期的増加傾向は統計的にも明らかです。
夜間も気温が下がらないと十分な睡眠が妨げられ、熱中症のみならず睡眠不足による体調不良や心疾患・脳卒中のリスクも指摘されています。

都市部に高齢者が多い日本において、エアコンを使わず熱帯夜を過ごすことは極めて危険です。しかし経済的事情やエアコン嫌いから使用を控える高齢者もおり、環境省の調査では室内で熱中症で亡くなった人の約9割がエアコンを使用していなかったという結果もあります。

こうした現状を受け、東京都など自治体では夏季に高齢者宅への声かけ訪問やスポーツドリンク配布、エアコン購入補助金制度、水道料金基本料金の一時免除(節電ではなく冷房使用を促すため)といった支援策を講じ始めています。

ヒートアイランド対策としては、都市に緑地や水辺を増やす、建物や道路の高反射化、街路樹の整備なども有効とされ、都市計画への組み込みが進められています。

豪雨・洪水など極端気象による健康リスク

地球温暖化は大気中の水循環にも影響を与え、豪雨や洪水などの極端降雨イベントの頻度と強度を増大させています。
日本でも毎年のように「数十年に一度」という記録的な豪雨災害が各地で発生し、大きな被害をもたらしています。このような気候由来の水害は、直接的な人的被害だけでなく、その後の衛生状態の悪化や医療アクセス困難によって、健康面でも様々なリスクを引き起こします。

まず豪雨による急性の被害として、土砂崩れや河川の氾濫による負傷・溺死があります。
例えば2018年7月の西日本豪雨では広範囲で洪水・土砂災害が発生し、200名以上が犠牲となりましたが、そのうち約8割が70歳以上の高齢者でした。避難の遅れや体力の低下、持病などが影響し、高齢者ほど災害時に命を落としやすい現実が浮き彫りとなりました。

このように、水害時には弱い立場の人々がより深刻な影響を受ける傾向があります。実際、世界的に見ても気候変動の影響に脆弱な地域ほど極端気象による死亡率が高く、直近10年では脆弱な地域の極端現象による死亡率は、そうでない地域の約15倍にも上ったと報告されています。
これは開発途上国や沿岸低地など、防災インフラや避難体制が十分でない地域で災害被害が深刻化しやすいことを示しています。

豪雨災害では命の危険だけでなく、その後の衛生環境の悪化による健康被害も見逃せません。洪水により上下水道や井戸水が汚染されると、水系感染症(飲み水を介する感染症)のリスクが高まります。大量の雨が下水を押し流して飲料水源に流入すると、下痢や嘔吐を伴う消化器系の感染症が発生する可能性が指摘されています。

日本国内でも、浸水後にノロウイルスなど胃腸炎患者が増えた例や、泥水に混入した病原体による皮膚感染症の発生などが報告されています。特に暑い時期の水害では気温も高く、腐敗や細菌繁殖が速いため、飲食物の管理や手洗いの徹底が重要です。加えて、洪水地域に繁殖する蚊を媒介とした感染症(後述)の懸念もあります。

さらに、家屋の浸水や水没によって発生するカビや汚泥による呼吸器疾患悪化のリスクもあります。
豪雨後の湿った環境では、カビやダニが繁殖しやすく、それらが引き金となって喘息などアレルギー性疾患を悪化させる可能性があります。実際、日本の研究で「5年に一度」程度の極端な大雨の日には、呼吸器疾患による死亡リスクが有意に上昇するとの報告もあり、豪雨と健康影響の関連が注目されています。

被災後の医療アクセスの問題も深刻です。道路寸断や停電・断水によって病院が機能不全に陥り、けが人や持病の悪化した患者が適切な治療を受けられなくなる事態が起こります。
災害時には救急搬送の需要が一気に高まるため医療資源が逼迫し、平時であれば救えた命が失われる危険も指摘されています。特に慢性疾患の患者や障がい者、高齢者は、薬の不足やケア不足に陥りやすいため、避難所での医療支援体制や定期薬の備蓄などが課題となります。

このように豪雨・洪水は様々な健康リスクをもたらしますが、気候変動の進行により今後それらが一段と深刻化する可能性があります。
大気中の水蒸気量が増えることで「今まで経験したことのない」雨量の豪雨が増えると予想され、インフラ整備が追いつかなければ被害は拡大し得ます。

幸い、日本では気象庁の高度な予報技術と防災意識の高まりにより、早めの避難呼びかけやハザードマップの公表などソフト面の対策が進んでおり、以前に比べ人的被害は抑えられてきています。

しかし、地球規模で見れば依然として多くの地域で気候災害による健康被害は増加しています。たとえば南アジアのバングラデシュでは、近年モンスーンの長期化や極端な降雨により大洪水が頻発し、その度にコレラやデング熱の流行が懸念されています。

こうした地域では安全な水の確保や公衆衛生の維持が大きな課題です。気候変動時代における豪雨リスクへの備えとして、ハード・ソフト両面での防災対策と、被災後の医療・衛生支援体制の構築が急務となっています。

感染症の拡大と気候変動

気候変動は感染症の流行パターンにも影響を及ぼします。気温や降水パターンの変化は、蚊やダニなど病原体を媒介するベクター(媒介生物)の生息域や繁殖周期を変化させ、水や食物を介する感染症の発生環境も変えてしまうからです。

蚊が媒介する感染症の脅威

蚊は高温多湿な環境を好むため、温暖化の進行によって世界中でその分布域が拡大しています。
現在、蚊が媒介する代表的な感染症であるデング熱は世界125か国以上で流行が確認されており、50年前にはわずか9か国でしか報告されなかったことと比べ驚異的な広がりです。
推計では世界人口の約40億人がデング熱の危険にさらされており、この数は今世紀末までに倍増する可能性があると指摘されています。

デングウイルスを媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカは温暖な気候で繁殖しやすく、気候変動による気温上昇や降雨パターンの変化がこれらの蚊の生息に適した地域を北へ南へと広げているのです。

日本でも、本来は南方系のヒトスジシマカが北上を続け、既に東北地方の青森県にまで生息域を広げています(2016年時点)。その結果、国内でもデング熱やジカ熱などの蚊媒介ウイルスが流行する下地ができつつあります。
実際、2014年には代々木公園で蚊に刺された人々からデング熱患者が発生し、国内で約70年ぶりとなるデング熱の自生例が確認され社会を驚かせました。幸い大流行には至りませんでしたが、今後さらに気温が上昇すればヒトスジシマカの活動期間は長期化し、吸血開始時期も早まると予測されています。
21世紀末にはヒトスジシマカの生息可能域が北海道の一部にまで達する可能性が高いとの試算もあり、将来的に日本全国がデング熱リスク下に置かれかねません。同様に、蚊が媒介する日本脳炎ウイルスについても、現在は主に西日本で見られるものの、地球温暖化が進めば媒介蚊の分布が変化し流行地域が拡大する恐れがあります。

蚊媒介感染症の世界的広がりは他にもあります。
南米で2016年に大流行したジカ熱(小頭症など新生児に深刻な障害をもたらす)は、それ以前は人への感染がほとんど報告されなかったものが、現在では世界86か国に拡大しました。

黄熱病やチクングニア熱、西ナイル熱なども、温暖化に伴って新たな地域でアウトブレイクが報告されています。米国国立衛生研究所(NIH)の研究では「気温が1℃上昇するごとにデング熱の患者数が約35%増加する」との解析結果もあり、温暖化が感染症流行を後押ししていることは明白です。

デング熱はこの50年で30倍にも患者数が増えているとの報告もあります。
WHO(世界保健機関)も「気候変動によってデング熱やチクングニア、黄熱、ジカ熱といった蚊媒介ウイルス疾患がより速く遠くまで広がっている」と警鐘を鳴らしています。地球規模で見れば、こうした蚊媒介感染症はまさに気候変動時代の新たな公衆衛生上の脅威と言えます。

水系・食品媒介性感染症への影響

気候変動は、水や食べ物を介する感染症のリスクも高めます。
例えば海水温の上昇により、夏季に海産魚介類に付着する腸炎ビブリオ菌の数が日本各地で増加傾向にあります。

腸炎ビブリオは魚介類を原因食品とする食中毒の一因菌で、高温の海水で増殖しやすいため、水温上昇が直接的にリスクを高めるのです。また気温が高いと、収穫から調理・保存に至る食品の各過程で細菌が繁殖しやすくなり、食中毒全般のリスクが上がります。
実際、気温が上がると感染性胃腸炎の患者が増えるという相関関係が報告されており、地球温暖化に伴ってロタウイルスなど一部のウイルス性胃腸炎の流行時期が長引く傾向も確認されています。
従来は冬季に多かった感染症が、気候の変化で季節パターンを変える可能性があるのです。

豪雨による水質汚染については前述しましたが、温暖化は水不足と水質悪化の両面で感染症リスクを押し上げます。洪水だけでなく干ばつもまた問題で、慢性的な水不足や衛生環境の悪化はコレラなど水系感染症の温床となります。暑さで水が蒸発し農村地域で安全な水が得られなくなると、不衛生な水の使用を強いられ感染症が蔓延する恐れがあります。

さらに気候変動は人間以外の動物由来感染症(人獣共通感染症)にも影響を及ぼします。野生動物の生息地や行動圏が変化し、人間との接触機会が増えることで、新興感染症が発生するリスクも指摘されています。
例えばシベリアの永久凍土融解に伴う炭疽菌の再活性化や、コウモリの生息域変化によるエボラ出血熱の分布拡大などが懸念されています(これらは仮説段階のものもありますが、気候変動が感染症発生の引き金となり得ることを示唆しています)。

このように、気候変動は蚊などベクター媒介感染症から飲食物を通じたものまで幅広い感染症リスクを高めると考えられています。
日本でも、ヒトスジシマカの北海道進出予測や腸炎ビブリオの増加など具体的な警鐘が鳴らされています。感染症対策の面でも、従来の常識にとらわれず気候変動を考慮した監視・予防が必要になってきています。

アレルギー疾患への影響

気候変動は花粉症をはじめとするアレルギー疾患にも影響を及ぼします。春先に飛散するスギやヒノキの花粉量が年々増加していることに、多くの方が体感的に気づいているのではないでしょうか。その一因として指摘されているのが、地球温暖化による気候の変化です。

植物の生育や花粉の飛散量は、気温・日照時間・降水量など気象条件に大きく左右されます。
例えば夏季の気温が高いと翌春の花粉飛散量が増える傾向があることが知られており、実際、猛暑の翌年には大量飛散が起こりやすいと言われます。

日本各地で長年にわたり空中花粉観測を行ってきた国立病院機構福岡病院の岸川医師らの研究によれば、1986~2020年の約35年間で全国9地点すべてで月平均気温が上昇傾向を示し、その期間にスギ・ヒノキ科花粉の飛散量と飛散開始時期に気候変動の影響が確認できたといいます。
具体的には、気温上昇に伴って花粉飛散開始が早まり飛散期間が長期化すること、さらに総飛散量も増えることが観察されました。この結果、より長期間に大量の花粉にさらされることで花粉症患者数の増加に寄与していると考えられます。
実際、日本におけるスギ花粉症の有病率は、1960年代にはごく稀な疾患でしたが1998年には約16%に達し、現在では約40%にも上ると報告されています。戦後の植林政策でスギ・ヒノキ林が増えたことも大きな要因ですが、温暖化によって飛散花粉量が今後さらに増加する予想も出ており(関東のスギ花粉飛散量は夏季気温2〜5℃上昇で現在の2~5倍になるというシミュレーションもあります)、花粉症は「国民病」と呼ばれるまでに拡大しました。

また、気候変動は花粉だけでなくカビやダニなどアレルゲン環境にも影響します。温暖化で日本の夏は高温多湿化し、住宅内でダニやカビが繁殖しやすい条件が増しています。豪雨や洪水で家屋が浸水すると、その後のカビ対策が十分でない場合に室内空気中のカビ胞子濃度が上がり、喘息発作を誘発するリスクも指摘されます。
さらに、植生変化により新たな花粉症の原因植物が広がる可能性もあります。北米原産のブタクサ(キク科)は温暖化に伴い生育地を拡大しており、欧州では外来種として侵入・定着が問題化しています。
日本でも秋のブタクサ花粉症がありますが、気候変動次第では分布域や飛散時期が変化し患者に影響を与えるかもしれません。

いずれにせよ、気候変動はアレルゲンへの曝露パターンを変化させうるという点で、アレルギー疾患への影響が懸念されています。
花粉症は今や患者のQOL(生活の質)を下げ社会的損失も大きい疾患ですが、気候変動時代にはその管理と対策も長期的視野で考える必要があります。具体的には、植林の管理(雄花の少ない苗木への転換など)や都市緑化時の配慮、飛散予測技術の向上、早期からの薬物療法による重症化予防などが重要でしょう。

私たち一人ひとりも、マスクやメガネでの花粉防御、室内空気清浄機の活用、こまめな掃除・換気など、自衛策を講じていくことが求められます。
気候変動が進行しても快適に暮らせるよう、アレルギー対策分野でも知恵を絞る時代になっています。

精神的ストレスとメンタルヘルス

気候変動による健康被害は、身体面だけでなく精神的なストレスやメンタルヘルスにも及びます。極端気象による災害体験は被災者に大きな心の傷を残し、また将来への不安や環境への喪失感(エコロジカル・グリーフ)も人々の心に影を落としています。

災害がもたらすこころの傷

まず、豪雨や台風・洪水など災害の心理的影響について考えます。

突然の災害で家族や家財を失ったり、生死の境を彷徨う恐怖を経験したりすると、深刻な心理的トラウマとなり得ます。被災後しばらくしてから心的外傷後ストレス障害(PTSD)や不安障害、うつ病、不眠症などを発症するケースも少なくありません。

特に日本は地震や水害など様々な災害が多いため、被災者のメンタルケアはこれまでも重要課題でした。
2018年西日本豪雨の被災高齢者を追跡した研究では、認知機能の低下やうつ症状の増悪が見られたとの報告もあり、災害が高齢者の心身に与える影響は長期に及ぶ可能性があります。
また、住み慣れた地域社会の崩壊や避難生活でのストレスは、地域コミュニティの絆を断ち切り孤独感を深めるなど精神衛生に悪影響を及ぼします。こうした「災害関連精神疾患」は第二の被害とも言われ、実際に東日本大震災や熊本地震の後には自死者の増加が問題となりました。
気候変動で災害頻度が増せば、このようなメンタルヘルス上の影響も増える恐れがあり、備えが必要です。

気候変動そのものへの不安

近年、気候変動そのものに対する不安や恐怖(いわゆる気候不安、エコアングザイエティ)が若い世代を中心に世界的に報告されています。
2021年に10か国1万人の青年(16~25歳)を対象に行われた大規模調査では、回答者の半数以上が気候変動について「悲しみ・不安・無力感」など何らかの否定的感情を抱いていると答えました。さらにその調査では、75%が「気候変動によって将来が怖いと感じる」、56%が「人類は滅亡するのではないかと思う」と述べており、気候危機が将来に対する深い絶望感を若者にもたらしている実態が浮き彫りになりました。

特に気候変動の影響が顕著なフィリピンやインド、ナイジェリアなどでは、日常生活に支障を来すレベルで気候不安を感じている若者の割合が欧米諸国より高いことも分かっています。
これは「気候不安は裕福な国の人々の贅沢な悩み」といった見方を覆し、現実に被害を受けている国ほど深刻な精神的負担を抱えていることを示しています。

このような気候変動への不安は、一見ネガティブなものに思えますが、専門家は「正常な反応であり、それ自体を病的とみなすべきではない」と指摘します。
環境の破壊という差し迫った脅威に対して不安や恐怖を感じるのは、むしろ適応的な反応であり、問題はそれに対処する社会的な枠組みが未整備である点だと言われます。

とはいえ、気候不安が極度に強まり日常生活に大きな支障を来す場合は、専門的な心理支援が必要でしょう。実際、気候変動への強い悲嘆や無力感から希死念慮を訴えるケースや、慢性的な不安による体調不良(頭痛・不眠・摂食障害など)につながるケースも報告されています。

また、高温が直接メンタルヘルスに影響するというエビデンスも蓄積されています。暑い日はイライラしやすく犯罪率が上がるといった現象は昔から知られていますが、近年の研究で気温上昇と自殺率の間に相関があることが明らかになりました。
例えば米国とメキシコの長期データ解析では、月平均気温が1℃上昇すると米国で自殺率が0.7%増加、メキシコで2.1%増加するとの結果が得られています。研究者らは、今後気候変動が進行し対策が取られなければ、2050年までに米墨両国で気温上昇による追加の自殺者が年間9,000~40,000人発生し得ると試算しています。

暑さは睡眠の質を悪化させ精神の不調を招くことも分かっています。さらに、精神疾患を抱える人は健常者よりも暑さによる死亡リスクが高いとの研究もあり、その理由の一つとして向精神薬の副作用(体温調節機能への影響)が指摘されています。

総じて、気候変動は私たちのこころの健康にも多大な影響を及ぼし始めています。「異常気象が続くこの先、社会は大丈夫なのか?」という漠然とした不安から、実際に被災して生じる深い悲しみまで、その形は様々です。

しかし専門家は、気候変動によるメンタルヘルスへの影響にようやく注目が集まり研究が進み始めた段階だと指摘します。今後は、心理的ストレスへの対処法や、環境に関する正しい情報提供、コミュニティでの支え合いなどを通じ、心のレジリエンスを高めていく取り組みも重要となるでしょう。

日本と世界:被害の比較

日本と世界(特にアジア圏や欧州)における気候変動由来の健康被害を比較してみましょう。日本は先進国で医療体制も整い、防災意識も高い国ですが、それでも前述のように猛暑や豪雨で多くの健康被害が出ています。
他方、世界に目を向けると、より深刻な状況に直面している地域も少なくありません。

アジア圏の状況

アジアは地理的に熱帯・亜熱帯が広く、人口密度も高いため、気候変動の健康影響が非常に顕著に表れています。
例えば南アジアでは毎年のように猛暑が人々を苦しめています。インドやパキスタンでは50℃近い極端な高温に見舞われ、十分な冷房設備や水が行き渡らない地域で多数の死者が報告されます。2022年のインド・パキスタン熱波では、人々が暑さで仕事どころではなくなり、農作物は枯れ、大規模停電まで発生しました。
都市部のスラムに住む人々や野外労働者など、社会経済的に弱い立場の人ほど被害が大きくなる傾向があります。

また東南アジアでも高温多湿の気候がさらに厳しさを増し、屋外での作業が困難になる日が増加しています。アジアでは高温に加え湿度も高いため、熱ストレス指数が非常に高くなりやすい点が欧米との違いです。湿度が高いと汗が蒸発せず体温が下がらないため、実際の気温以上に人体へ負荷がかかります。その結果、例えば気温35℃でも湿度次第では人体にとっては40℃以上の暑さに相当することもあります。
こうした過酷な環境では、クーラーを使えない人々が熱中症だけでなく腎不全や心筋梗塞などを引き起こし亡くなる事例も報告されています。

欧州の状況

一方の欧州は、これまで比較的温和な気候だった地域が多く、住環境も暑さを想定していない面があり、近年の熱波で大きな打撃を受けました。
有名なのは2003年のヨーロッパ熱波で、フランスを中心に欧州全域で約7万人もの超過死亡が発生しました。その多くは高齢者で、当時エアコン未設置の老人ホームなどで次々と犠牲者が出たことが問題となりました。
以降、欧州各国は熱波への備えを強化し、高温時の公衆衛生対策(こまめな見回りや公共のクーリングセンター開設など)を進めました。
しかしそれでも、2022年夏には欧州全体で約6万1千人が熱波により亡くなったとの推計が報告されています(スペインやドイツ、イギリスなどでも多数)。

2024年の夏も記録的な暑さに見舞われ、西ヨーロッパで2万人以上の熱中症関連死が出たとされます。欧州はもはや「暑さに慣れていない涼しい地域」とは言えなくなりつつあり、地中海性気候だった国々がほぼ亜熱帯並みの酷暑と乾燥を経験しています。
これは健康のみならず農業や水資源にも深刻な影響を与えており、総合的な対応が求められています。

欧州における感染症のリスクも変化しています。北上する蚊やダニにより、これまで熱帯病と考えられていた感染症が発生する例が増えました。
イタリアやフランスでは近年、地中海沿岸部でデング熱やチクングニア熱の本土感染例が確認されています。

また東欧やギリシャではマラリアが再興する兆しも報告されています。さらに、温暖化でダニの活動期間が長くなり、ライム病やダニ媒介性脳炎が北欧や山岳地帯で増加する懸念もあります。
もっとも欧州は厚生労働体制が充実しているため、公衆衛生の介入で大流行はある程度抑え込めるでしょう。しかし、気候変動で予期せぬ疾患が拡大する可能性があるという点では油断できません。

欧州はまた、大気汚染と気候変動の複合影響にも直面しています。夏の熱波時に発生するオゾン汚染や、干ばつで増える山火事の煙は、呼吸器疾患や心血管疾患の悪化を招きます。2023年にはカナダの森林火災による煙が大西洋を越えてヨーロッパに達し、大気汚染指数が悪化する事態もありました。
こうした地球規模の環境変化は、一国だけでは対処できない新たな健康課題となっています。

日本の位置づけ

こうした国際的な状況の中で見ると、日本の置かれた立場が見えてきます。
日本は高温多湿の夏と多雨な梅雨・台風時期を持つ「アジア型モンスーン気候」である一方、経済的豊かさとインフラ整備では欧米並みの先進国です。このため気候変動による健康被害のリスクはアジア的な脅威(猛暑・豪雨・感染症)を持ちながらも、それへの対応力は比較的高いという特徴があります。

実際、毎年多くの人が熱中症で亡くなっているとはいえ、エアコン普及率が低ければその数はさらに桁違いに多かったでしょうし、医療制度が整っているおかげで感染症流行も局地的に抑え込めています。

日本の熱中症死亡者数は年1,000人超と述べましたが、中国では猛暑年には数万人規模の超過死亡が発生しているとされます。そう考えると、日本は危機に直面しつつも最悪の事態は回避できている状況とも言えます。

しかし、日本固有の弱点もあります。それは高齢化と都市集中です。高齢人口割合が世界で類を見ないスピードで増加している日本では、気候変動の健康被害を受けやすい層が増えているとも言えます。

冒頭で触れたように、熱中症死亡者の約9割が高齢者という現実は、日本の社会構造と不可分です。また人口の大半が大都市圏に集中しているため、一極集中リスクも抱えます。
仮に首都圏を直撃するような巨大台風や長期停電が起これば、数千万人規模で健康被害を被る可能性もあります。日本は防災先進国ではありますが、複合災害(例えば猛暑下での大地震や、パンデミック中の水害など)に対する脆弱性は未知数です。
実際、2020年のコロナ禍では避難所での3密回避など新たな課題に直面しました。気候変動時代では、このように従来別々に考えていたリスクが同時並行で襲ってくる恐れも高まります。

以上より、日本と世界の被害を比較すると、「日本は被害そのものは中程度だが、高齢化ゆえにリスク増大中」「アジア途上国は被害甚大で対応資源不足」「欧州は近年急増したリスクに対応を迫られている」という構図が見て取れます。

日本は自国の適応策を進めると共に、国際協力によって脆弱な国への支援や知見共有を行うべき立場にあります。実際、気候変動は国境を越える問題であり、日本国内だけ安全でも周辺国で感染症が大流行すれば人の移動で影響を受けますし、食料価格高騰など間接的な健康影響も受けます。地球規模で健康を守る観点が求められているのです。

将来の予測:これから数十年の健康リスク

気候変動による健康リスクは、このまま何も対策を取らなければ今後数十年でさらに深刻化すると予測されています。では具体的に、将来どのような健康影響が想定されているか、最新の知見をもとに見てみましょう。

熱中症・暑熱リスクの将来予測

日本における熱中症の発生数について、国立環境研究所の試算があります。それによれば、気候モデル上の温暖化が比較的緩やかな場合、2030~2040年代までは現在(2000年代)と大きく変わらない患者数で推移する可能性がありますが、2100年頃には熱中症患者数が現在の約2倍に増加すると見込まれています。
さらに、より高い気温上昇を予測するモデルの場合、地域によっては患者数が現在の3倍から4倍に達することも予想されています。これは年平ccc均気温だけでなく「極端に暑い日」の増加が大きく影響するためです。
たとえ平均気温の上昇幅が小さくとも、真夏日・猛暑日(最高気温30℃超・35℃超)の発生頻度が倍増すれば、人々が熱中症になるリスクは飛躍的に高まります。
日本の都市部では今世紀末には夏季の日中に屋外で安全に働ける時間が現在より3割~4割短縮するとの予測もあります。同様に、屋外で激しい運動をするのに厳重警戒が必要な日数も大幅に増えると見られています。
高齢者の暑さによる死亡者数も増加すると予測されており、適応策なしでは将来の夏は現在以上に人命に関わる危険な季節となりかねません。

世界全体で見ても、熱波による死者数の増加は深刻な懸念事項です。
世界保健機関(WHO)は2030~2050年の間に、気候変動が要因となって毎年約25万人もの追加的死亡者が発生すると推計しています。その内訳は主に高温による熱ストレス、栄養不足、マラリアなどで、熱波はその主要因の一つです。

また国連児童基金(UNICEF)の報告では、2050年までに世界中のほぼ全ての子ども(20億人以上)がより頻繁な熱波にさらされると予測されています。これは将来世代が今より過酷な暑さ環境に生きることを意味し、熱中症だけでなく発育への影響や学習環境の悪化も懸念されます。
さらには、気温上昇に伴い労働生産性の低下も問題となります。屋外作業が困難になる日が増えることで、南アジアや中東では「日中は働けない」状況が常態化し、経済的損失や貧困・栄養不良を招き、健康への悪影響が波及する恐れもあります。

感染症リスクの将来予測

感染症についても、多くの研究者がモデルを用いて将来リスクを予測しています。蚊媒介感染症に関しては、今世紀末までに先述のデング熱のリスク人口が倍増し、世界人口の約80億人がデング熱など蚊媒介ウイルス感染症にさらされる可能性があるとの推計があります。
マラリアについても、アフリカでは高地部にも媒介蚊が進出しマラリア流行域が拡大するとの研究結果が報告されています。温帯地域でも、今後は夏季にデング熱やジカ熱が定着的に発生する国が出てくる可能性があります。
実際、フランスやドイツではここ数年立て続けにデング熱の現地感染例が確認されており、専門家は「2050年までに南ヨーロッパは地中海熱帯病の温床になりうる」と警告しています。日本でも、ヒトスジシマカの北海道進出が現実味を帯びる中、国内発生する登革熱(デング)が増えるシナリオを想定すべき時代です。

水・食物を介する感染症では、地球温暖化に伴う海洋微生物の増殖や食料生産の変化が注目されています。
例えば貝毒の原因プランクトンが増えて食中毒リスクが上がる、高温でサルモネラ菌などが繁殖しやすくなり食中毒件数が増える、といった予測があります。

また干ばつによる飢饉や食料不足は栄養失調者を増やし、免疫力の低下から感染症への抵抗力も落ちてしまいます。WHOは気候変動による栄養失調や下痢症によっても多くの命が失われると試算しており(上記25万人/年の中に含まれる)、コレラなどの水系感染症による死者増を懸念しています。

適応策とレジリエンスの強化

ここまで、気候変動が私たちの健康にもたらす多岐にわたる影響を見てきました。
それでは、こうした健康リスクに対してどのような適応策を講じ、社会のレジリエンス(強靭性)を高めていけばよいのでしょうか。対策は大きく分けて、個人(市民)レベル、地域・自治体レベル、そして国や国際社会レベルで考えることができます。それぞれの立場で取り得る主な方策を以下にまとめます。

市民ができる適応策(個人レベル)

まず私たち一人ひとりが日常生活で実践できる適応策です。日頃からの心がけ次第で、猛暑や災害時の健康被害を減らすことが可能です。

  • 猛暑への備え:天気予報や「熱中症警戒アラート」に注意し、暑い日は無理をしない。特に高齢者や子どもはエアコンを適切に使用して室温を下げ、喉が渇く前に水分・塩分補給をする習慣をつけます。
    外出時は日傘や帽子を利用し、涼しい服装を心がけることも有効です。夜間も熱帯夜が続く場合は、冷房や扇風機をつけて寝る、冷感マットやアイスノンを使うなどして体を冷やし、睡眠不足を防ぎます。隣近所で独居の高齢者がいる場合は声をかけ合い、体調確認や涼しい場所への避難(クーラーの効いた公共施設への「クールシェア」など)を勧め合うと良いでしょう。
  • 豪雨・災害への備え:住んでいる地域のハザードマップを確認し、自宅や職場が洪水・土砂災害リスクにさらされているか把握します。非常持ち出し袋や数日分の水・食料・常備薬を備蓄し、停電に備えて懐中電灯や携帯充電器も用意します。
    大雨や台風の予報時には早めに雨樋の掃除や側溝のゴミ除去を行い、水の流れを確保しておきます。避難が必要になった際のルートと行き先を家族で話し合い、離れた家族との緊急連絡方法も決めておきます。車中避難の場合はエコノミークラス症候群(血栓症)予防のため、こまめに足を動かし水分補給を忘れずに。
  • 感染症への備え:夏場は食品の衛生管理に一層気を配ります。調理後は早めに食べきり、残り物は冷蔵庫へ。手洗い・うがいを徹底し、生水は避け、安全が確認された水を飲みます。
    また、自宅周りに水たまりや不要な容器(蚊の発生源になる)がないかチェックし、定期的に除去します。蚊が多い地域では蚊取り対策(虫よけスプレーや蚊帳の使用、長袖長ズボンの着用など)を講じましょう。海外渡航時には渡航先の感染症情報を調べ、必要に応じて予防接種(例えば黄熱病ワクチン等)を受けておきます。
  • アレルギー・大気汚染への対策:花粉シーズンにはマスクやメガネで花粉を防御し、帰宅時は服を払う・洗顔するなどして室内に花粉を持ち込まない工夫をします。
    室内の空気清浄機やエアコンのフィルター清掃も定期的に行い、カビやダニの繁殖を抑えます。暑さで窓を閉め切りがちな時期は、エアコンの除湿・除菌機能などを活用して室内環境を清潔に保つよう努めます。
    空気の質も健康に直結するため、酷暑時や山火事の煙が飛来した時などは無理に屋外運動をしないことも大切です。
  • 心のケア:ニュースなどで気候変動の情報に触れて不安を感じたら、一人で抱え込まず家族や友人と話したり、同じ思いを持つ仲間と交流したりしてみましょう。不安を行動に転化することも有効で、例えば省エネや環境保全の活動に参加したり、寄付やボランティアで被災地支援に関わったりすると、「自分にもできることがある」という前向きな気持ちが芽生えることがあります。
    また各自治体には災害後のこころの相談窓口が設置されていますので、辛い経験をした時は専門家に話を聞いてもらうことも検討してください。

自治体レベルの適応策

次に自治体(地方公共団体)や地域コミュニティが中心となって取り組む適応策です。自治体は住民に最も近い行政機関として、地域の実情に応じた細やかな対策を実行できます。

  • 熱中症予防の地域支援:自治体は高齢者等の脆弱な住民を把握し、猛暑時に声かけや見回りを行う体制を整えます。例えば先述の東京都品川区のように、夏場に75歳以上の高齢者宅を戸別訪問してスポーツドリンクを配布する取り組みは、高齢者の熱中症予防と安否確認に有効です。
    また地域の公民館や図書館などをクーリングセンター(冷房開放施設)として開放し、誰もが無料で涼める場を提供します。自治体によっては商業施設等と連携して「クールシェアスポット」を設定するところもあります。
    さらにエアコン購入費補助や電気代助成(東京都などで実施)も高齢者や低所得世帯への支援策として有用です。学校に対しては、猛暑時の体育授業や部活動の中止基準を明確化し、児童生徒を守るガイドラインを徹底します。
  • 都市環境の整備(暑さ対策):特に都市部の自治体では、ヒートアイランド緩和のまちづくりを推進します。街路樹や公園を増やして日陰と蒸散冷却効果を高めたり、屋上緑化や壁面緑化を促進して建物の蓄熱を抑えたりする施策です。
    また新築建物への高反射率塗料(クールルーフ)の導入補助、打ち水イベントによる路面温度低減など、行政と市民が協働して街の温度を下げる試みもあります。こうしたヒートアイランド対策は、一朝一夕には効果が出ませんが、長期的に都市全体の気温上昇を緩和する重要な投資です。
  • 豪雨・水害への地域防災:自治体は地域ごとのハザードマップを充実させ、住民への周知を図ります。避難経路の整備(案内板設置やバリアフリー化)、防災訓練の実施、気象警報時の迅速な広報などソフト面の充実も必要です。自主防災組織と連携し、高齢者や障がい者の個別避難計画を策定しておくことも重要です。
    治水インフラでは、下水道や排水ポンプの能力増強、貯水池の新設、河川改修などハード対策を進め、水害そのものを減らす努力も続けます。近年はグリーンインフラ(自然の力を利用した防災)も注目されており、遊水地となる公園づくりや森林による土砂止めなど環境共生型の施策も検討されています。
  • 感染症・公衆衛生対策:自治体の保健所は、気候に応じた感染症サーベイランスを強化します。例えば夏季に蚊の調査を行い、デング熱媒介蚊が発見されたら速やかに駆除・注意喚起を行います。
    また上下水道部門と連携し、水害発生時に飲料水の安全確保や消毒を支援します。避難所運営マニュアルにも感染症対策を盛り込み、災害時に密集環境でインフルエンザやノロウイルスが広がらないよう留意します。
    さらに、花粉症対策として自治体がスギ林伐採や低花粉種への植替えを進める例(埼玉県など)もあります。地域の実情(例えば花粉多発地帯か否か、蚊の生息状況はどうか等)に応じて、適切な公衆衛生活動を展開することが自治体には求められます。
  • 医療・福祉体制の強化:猛暑時や災害時に医療機関がパンクしないよう、平時からの調整が必要です。夏季には救急搬送が増える傾向を踏まえ、救急隊の増員や臨時救護所の設置計画を立てておきます。
    避難所には看護師や保健師を派遣し、傷病者の早期発見と対応に当たります。高齢者や要介護者の福祉施設では、非常用電源や備蓄品の点検を徹底し、停電や断水が起きても入所者の生命を守れるよう訓練しておきます。

国および国際的な戦略

最後に国レベルで推進すべき適応策、および国際的連携に関する取り組みです。
国の政策として包括的に取り組むことで、各自治体や個人の努力を支え、法律・制度の整備や財政的裏付けを与えることができます。

  • 国家適応計画の策定と実行:日本では「気候変動適応計画」に基づき、各分野での影響評価と対策が進められています。健康分野についても、環境省や厚生労働省が中心となって影響評価報告書をまとめ、必要な施策を提示しています。これらを実効性あるものとするため、関係省庁や地方公共団体が連携し、進捗管理と見直しを継続することが重要です。
    具体策としては、猛暑対策ガイドラインの全国展開、医療機関の耐災害化支援、感染症サーベイランスのICT化などが挙げられます。予算措置も含め、国全体で適応策を推進する体制づくりが求められます。
  • 法制度の整備:例えば建築基準法や都市計画法に気候適応の観点を取り入れることが考えられます。高温地域向けの住宅断熱基準強化や、浸水想定区域への建築制限、緑地率の規制緩和によるヒートアイランド対策などです。
    また、労働安全衛生法に暑熱環境下での労働基準を細かく定め(上述のように規則改正済み)、熱中症が労災として認定されやすくすることも必要でしょう。食品衛生法や感染症法についても、温暖化でリスクが増す病原体リストの見直しや検疫体制強化など、先手を打った改正が望まれます。
  • 研究開発と情報基盤:気候変動に伴う健康影響は新しい課題も多く、研究開発が不可欠です。政府は大学や研究機関への支援を通じ、熱中症発症メカニズムの解明、新しい治療法・予防法の開発、ワクチンや治療薬の研究などを促進します。
    また、気象データと健康データを統合的に分析できる情報基盤を構築し、リアルタイムで異常を察知する早期警戒システムを作ることも有効です。例えば「高温続きで救急搬送が増えた」といった兆候を即座に把握し、政府が注意喚起や支援を発令できるような体制です。
  • 国民への啓発・教育:国は国民に向けて気候変動と健康に関する正確な情報提供とリスクコミュニケーションを行う責務があります。学校教育に環境と健康の内容を盛り込んだり、メディアを通じて熱中症予防や避難の重要性を伝えたりすることが考えられます。
    特に高齢者には自治会回覧板やテレビ・ラジオなどで分かりやすく周知し、若い世代にはSNS等デジタル媒体で発信するといった工夫が必要でしょう。
  • 国際協力:気候変動は地球全体の問題であり、日本も国際社会の一員として協力が求められます。具体的には、発展途上国への技術・資金支援(例えば気象予報技術や保健医療体制の強化支援)や、人材育成(防災・医療分野の研修受け入れ)を行います。
    WHOや国連機関と連携し、感染症情報や熱波に関する知見を国際的に共有する仕組み作りも大切です。
    また、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの削減(緩和策)は最終的な根本解決に不可欠であり、パリ協定の目標達成に向けた努力も健康被害を抑える意味で重要です。例えば温室効果ガスを減らすことで付随的に大気汚染物質も減り、それだけで健康被害(特に呼吸器疾患による早死)が大幅に削減されるという「コベネフィット(相乗効果)」が期待できます。このように、緩和策と適応策は両輪で進める必要があります。

以上、国および国際的なレベルでの適応策を見てきました。政府の強力なイニシアチブと各分野の専門家の知恵を結集し、社会全体で気候変動に立ち向かう体制を築くことが求められます。

おわりに

「気候変動×健康被害」というテーマは、一見すると地球環境の問題と個人の健康問題を掛け合わせた複雑な課題に映るかもしれません。しかし本稿で見てきたように、気候変動による熱波や豪雨は、私たちの日常生活や身体に直接的かつ具体的な影響を及ぼしています。
猛暑日に熱中症で救急搬送される人の増加、水害後に感染症や心の不調に苦しむ人々、花粉症の悪化に悩まされる生活、これらはすべて気候変動がもたらす現実の一端です。

とはいえ、決して悲観するばかりではありません。私たちは既にその影響に気づき始めており、適応策や対策にも乗り出しています。国際的にも「気候変動は21世紀最大の公衆衛生上の脅威である」と認識される一方で、「適切な気候アクションは21世紀最大の公衆衛生機会でもある」と言われます。

たとえば都市の緑化や歩行促進はヒートアイランド対策になるだけでなく人々の運動習慣を増やし健康増進につながりますし、再生可能エネルギーへの転換は大気汚染を減らし呼吸器疾患の減少をもたらします。

つまり、気候変動への対応策を講じることは、私たち自身の健康と福祉を向上させるチャンスにもなり得るのです。

大切なのは、「備えれば被害は減らせる」ということです。極端な暑さも大雨も、事前の準備と適応策次第でその健康被害を最小限に留めることができます。記事中で紹介したような様々な取り組みは、そのための知恵と工夫の積み重ねです。

気候変動は待ったなしの課題ですが、私たち一人ひとりが正しい知識を持ち行動し、社会が協力し合うことで、きっと乗り越えていけると信じています。

地球の未来と私たち自身の未来は表裏一体です。猛暑の夏も、豪雨の季節も、誰もが健やかに安心して暮らせるように──世代を超え、地域を超えて、共にレジリエントな社会を築いていきましょう。

参考文献リスト

日本の政府機関による報告書・統計

気候変動が国内の極端現象(猛暑日や豪雨)に与える影響や、健康被害の実態に関する公式データとして、日本の各府省が公表した報告書や統計を参照しています。

  • 『気候変動影響評価報告書(総説)』 – 環境省(中央環境審議会 気候変動適応法第10条に基づく報告書), 2020年env.go.jp
    (気候変動が各分野にもたらす影響の総合評価。感染症のリスク増加や熱中症の増加など健康分野の影響についても懸念点を整理)hgpi.org
  • 『日本の気候変動2020 ―大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書―』 – 文部科学省・気象庁, 2020年data.jma.go.jp
    (日本における気温上昇や降水量の長期変化を分析した報告書。猛暑日数の増加や豪雨の頻度変化など、気候データの観測事実と将来予測を網羅)
  • 『令和6年(5月~9月)の熱中症による救急搬送状況』 – 総務省消防庁, 2024年fdma.go.jp
    (夏季における熱中症救急搬送者数の年次統計。令和6年夏は全国で97,578人と統計開始以来最多となり、猛暑による健康被害の深刻化が示された)fdma.go.jpfdma.go.jp

国際機関の報告書・公式発表

地球規模での気候変動の健康影響に関する科学的知見や予測については、国際機関の信頼性の高い報告を参考にしています。

  • IPCC 第6次評価報告書(AR6)「影響・適応・脆弱性」 – 気候変動に関する政府間パネル, 2022年
    (気候変動が人間の健康に既に及ぼしている影響と将来リスクを評価。ipcc.chipcc.ch例えば高温による死亡率の増加や、気候変動によって2050年までに年間約25万人の追加死亡リスクが生じると予測)
  • 「Climate change and health」(気候変動と健康)ファクトシート – 世界保健機関(WHO), 2023年who.int
    (WHOによる気候変動と健康の概況。2030~2050年に気候変動が年間約25万件の追加死亡をもたらす見込みや、熱波・洪水・感染症のリスク増大についての統計を提示)who.intwho.int

国内外の学術研究・調査報告

気候変動による健康被害の具体的な傾向を示す学術的エビデンスとして、国内外の研究グループの調査結果や論文も参照しています。

  • The Lancet Countdown on Health and Climate Change 2023 Report(ランセット・カウントダウン気候変動と健康 2023年報告) – The Lancet(学術誌), 2023年climahealth.info
    (気候変動が健康に及ぼす影響を追跡する国際研究プロジェクトの報告。日本に関するデータでは、65歳以上の熱波による死亡数が2000–2004年比で57%増加するなど、深刻な傾向が示された)climahealth.info
  • 「2018年西日本豪雨」が被災者の健康に及ぼした影響に関する研究報告 – 広島大学(World Allergy Organization Journal掲載論文), 2023年hiroshima-u.ac.jp
    (2018年の西日本豪雨災害後、被災地域でアレルギー性鼻炎の患者が増加したことを医療データ解析で明らかにした研究hiroshima-u.ac.jp。豪雨災害が呼吸器アレルギーなど慢性疾患に与える影響に着目した国内調査)

報道機関の一次情報に基づくレポート

公的機関の発表や統計に基づき、気候変動による健康被害の現状を伝える報道も参考にしています。

  • 「世界で記録的猛暑、健康被害も深刻 専門家『後戻りできるか瀬戸際』」 – 朝日新聞, 2024年asahi.com
    (2024年夏の全球的な猛暑に関する報道。日本でも近年毎年1,000人以上が熱中症で死亡している現状asahi.comや、気候変動で猛暑が起きやすくなっている事実を伝える)
  • (参考) 「気候変動、健康被害を注視せよ」 – 日本経済新聞「私見卓見」寄稿, 2024年
    (気候変動が健康に及ぼす影響についての提言記事。上記 Lancet データや環境省報告書の内容を引用し、高齢者熱波死亡増加や感染症リスクなどへの対策の必要性を訴える内容)hgpi.org
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投稿者: FIRST DONATE編集長 髙崎

非営利団体のファンドレイジング/広報支援を生業とするDO DASH JAPAN株式会社スタッフであり、FIRST DONATE編集長。 自身の体験を元に、寄付やソーシャルグッドな情報収集/記事制作を得意とする。 FIRST DONATE編集長 髙崎 のすべての投稿を表示

投稿者 FIRST DONATE編集長 髙崎投稿日: 2025年6月20日2025年6月20日カテゴリー 世界の社会課題, 動物・自然, 日本の社会課題, 調査とデータタグ 環境問題, 震災/災害

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